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コロニー雲仙とは
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コロニー雲仙は1977(昭和53)年4月5日、12名の利用者と共に始まりました。
「生かされた人間ではなく自ら生きる人間に」「知恵は遅れていても立派な人間に」を基本理念に掲げました。
開所当初より、入所型施設は人生の一時期を過ごす止まり木と位置づけ、「早くおうちに帰りたい」「お弁当をもって働きに行きたい」という本人の願いや思いの実現に取り組んでいきました。最初の5年間は社会的自立に向けたカリキュラムと指導体制つくりにあてられました。
日中は「大空を教室に、大地を黒板に、生きとし生けるものすべてを教材に」を教育方針に家畜の飼育や施設園芸などで職業能力を養い、夜は自立のための集団生活で生活習慣を訓練する。このような職業と生活を分離した両輪体制を確立しました。
生活の場では、町で就労する人の生活を支える「共同住宅」と、措置を継続したまま少人数で暮らす「自立訓練棟」が誕生。大人数の入所施設から「自立訓練棟」に移り、就職して「共同住宅」で生活するという地域生活への流れが固まりました。
社会自立(年度で集計)
名
創設期
(昭和49年)
ボーイスカウト出身者によりボランティアグループ「愛隣会」結成活動開始。
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(昭和50年)
知的障害者援護施設設立を目指し、資金集め、調査研究に着手。
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(昭和51年)
知的障害者入所授産施設「雲仙愛隣牧場」設立申請書提出。
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(昭和52年)
10月10日 「雲仙愛隣牧場」起工式。国庫補助金内示、法人認可、建設着工。
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第一次五か年整備計画
(昭和53年)
4月5日 入所授産施設「雲仙愛隣牧場」(雲仙市瑞穂町)[定員50名]開所。最初の利用者は12名。
育成会発足。
落成式で挨拶をする田島理事長。右は故倉成代議士。
六畳に4人が暮らす
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(昭和54年)
第1回援護施設修了式。 6名が社会自立を果たす。
自立訓練棟「あすなろ荘」[定員5名]落成。モデル住宅を解体し中庭に建設する。利用者のリーダー的存在だった「機動隊」5名と職員が住み込む。
あすなろ荘
豚舎建築にあたる田島理事長
瑞穂中学を解体して建築された牛舎(81')
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(昭和55年)
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(昭和56年)
入所更生施設「コロニー雲仙更生寮」(雲仙市瑞穂町)[定員50名]開所。
福祉ホーム「有明荘」(雲仙市瑞穂町)[定員10名]開設。町の中に作った最初の生活ホーム。
屋上での開所記念式
建築中の更生寮
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(昭和57年)
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