社会福祉法人 南高愛隣会 コロニー雲仙
交通アクセス サイトマップ
お問い合わせ
トップページ>コロニー雲仙とは>沿革史
第六次整備五ヶ年計画「社会生活の受け皿つくり」
   
1989年のグループホーム制度化で、「地域での生活」への流れは加速します。
 
最盛期には300頭を超える牛、1,000頭を超える豚、20,000羽を数えた採卵鶏は整理され、1992年に養豚科は閉鎖。近辺の事業所や農家での園外実習に切り換わりました。
 
コロニー雲仙育成会では、年金を一括管理し社会的事業に投資する「年金管理委員会」が発足。個々の年金を有効活用するための特定出資金制度により、自立訓練棟が次々に建設されます。また、労働省の助成を活用し、障がい者用住宅も整備されていきました。措置費の公助、独自の制度や育成会の制度による共助とあわせて、重度の障がいの人も入所施設を出て自立訓練棟で生活する体制が整いました。
 
一方で自立訓練棟や施設よりも地域社会で普通の暮らしをする人が多くなり、施設修了生のアフターフォローを含めた地域生活の支援の必要性が浮上してきます。「地域サービスセンター」も始動し、どこに住み(生活の場)、どのような活動をし(働く、楽しむ、)、誰が支援をするのか(人・組織)という三つの観点から支援体制を整えていきました。夕朝食を配送する配食サービスも始まり、より「ふつうの場所」での生活が可能になっていきます。
 
   
社会自立(年度で集計)グループホーム認可数  
 
(昭和63年)  
自活訓練事業制度化
 
福祉工場「コロニーエンタープライズ」[定員50名]開設(麺製造部、給食センター、営業部)。創業当時は1日そうめん1,000㎏を製造。
 
労働省、日本障害者雇用促進協会映画『ひとり立ちへの助走』完成(教育映画優秀作品賞受賞。)
 
「あいりん基金」(育成会)創設。年金を一括管理して住宅建築等にあてる「年金管理委員会」(育成会)発足。
 
修了考査が始まる。第1回目は自転車コースと徒歩コース。
 
 

創業したばかりのコロニーエンタープライズの内部
 

第一回目の修了考査
 
 
(平成元年)  
グループホーム制度化(地域生活援助事業)
 
国の第1号のグループホームに7棟が認可される。
 
「県南地域サービスセンター」発足(旧アフターケアーセンター機能拡張)。
 
コロニーエンタープライズ給食部、ディナーサービス(配食サービス)開始
 
日本で最初の知的障がい者によるユニオン「瑞穂町心身障害者ふれあい協会」発足
 
勤労者の単身者住宅「上伊古住宅東」[定員5名]「上伊古住宅西」[定員6名](雲仙市瑞穂町)落成。日本障害者雇用促進協会より勤労者建設助成を受け、3年間で6棟が建築された。
 
 

「ふれあい協会」発足
 

「上伊古住宅西・東」
 
 
(平成2年)  
特定出資金制度(育成会)
 
重度高齢者自立訓練棟の第1号「緑ヶ丘住宅」(雲仙市瑞穂町)[定員6名]落成。5年で5棟が建築される。
 
日本障害者雇用促進協会映画『むずかしかね生きるって』完成
 
長崎県単独事業「長崎県心身障害者小規模作業所モデル事業」(1992年からは「地域連帯事業」)開始。諫早市育成会「つくし作業所」へ職員を派遣し支援を行う。
 
 

映画『むずかしかね…』の撮影風景
 

バリアフリー設計の「緑ヶ丘住宅」
 
 
(平成3年)  
知的障害者生活支援事業
 
重度高齢者自立訓練棟を使用して社会自立推進強化事業(法人単独事業)開始。
 
 
(平成4年)  
ナイトケアセンター発足。日中活動(デイケアー)と夜の生活(ナイトケアー)を分離する体制固まる。
 
双葉寮に「生活支援センター」認可。
 
9月15~16日。 勤労障がい者 中田光男さん、スペインのマドリッド・パラリンピック出場。800m走で3位(記録は2分18秒11)、1,500m走で5位(記録は4分43秒43)入賞。
 
勤労障害者文化交流派遣団(23名)スペイン遠征。マドリッド・パラインピック閉会式他で和太鼓演奏
 
長崎県の委託を受け双葉寮で「知的障害者生活支援事業(生活支援センター)」を開始。地域の単身の就労障がい者へ必要な生活支援を行う。
 
養豚科閉鎖。
 
 

スタンドから応援する勤労障害者文化交流派遣団
 

日本競技団。前列右から2番目が中田さん。
 
 
   
コロニー雲仙とは 事業所案内 社会への発信 商品販売 情報公開