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1.ふれあい協会(当事者団体)の
これまでの歩み
僕は、瑞穂町ふれあい協会の副会長で法人設立発起人代表の久保田 孝行といいます。
①ふれあい協会とは
まず、「ふれあい協会」とは、仕事を持ちながら地域生活をして、自ら活動していく、本人主体でやっている団体です。
目的は自分達の生活を自ら守り、豊かにしていくこと、一人では言えないことも団体の声として支援者に対して、社会に対して訴えていくこと。
訴えていくだけではなく、自分達の役割も地域の中で果たしていくことです。
最初に、瑞穂町ふれあい協会が今から15年前の平成元年11月11日に誕生しました。
その後、会員が倍以上ふくらみ、平成5年4月に有明町ふれあい協会
平成6年9月に吾妻町ふれあい協会
平成9年4月に諫早市ふれあい協会
平成13年11月に佐世保市ふれあい協会がそれぞれ誕生しました。
誕生したときの一番の悩みの種は、会員自ら口に出して言った意見はまったくありませんでした。 もう一つの種は、会員の意見を聞かずに役員だけで物事が決まったりして、試行錯誤の連続でした。
②悲しかったグループホームの建設反対運動
そういう中、ショッキングな事件が起きてしまいました。
平成元年12月頃、グループホーム建設反対運動の看板が瑞穂町内に立ってしまいました。
自分達は何も悪いことはしていないのに、そして子供をいじめても殴っていないのに、なぜ「子供の通学路だから」と反対されるのですか。 僕達のどこが悪いのですか。
反対住民の人達は僕達の声を直接聞いてほしかったです。
そして、僕は10本も立つ看板の前に立った時、悔しくて、悔しくてたまりませんでした。
もっと、ふれあい協会当事者一人一人が自信を持って、胸を張って生きていける人生にしたいものです。
僕は、ふれあい協会副会長の役割になって、会員の声に耳を傾けて謙虚に受け止めていかなければいけないと思いました。
ふれあい協会の役員メンバーは、当事者本人で構成されています。
自分も役員で自信と誇りを持って一生懸命頑張っています。
反対住民は出て行ってくださいと言いたかったです。
なぜ、ふれあい協会の声に耳を傾けず、僕は怒りを感じていました。自分達は挨拶もきちんとしているのにちゃんと見ないで、温かい目で見守ってください。
③自分達のことは自分達で決めていきたい
そして、自分達のことは自分達で決めさせてください。
そこで今、僕が言いたいことは、世話人さんは助言程度にとどめてください。
そして僕は、依然とグループホーム生活をしています。
今思うことは、今まで15年間、あちこちのグループホームで生活をしてまいりましたが、僕には二つだけやり残した事があります。
一つ目は、自分の生活力を高めるための単身生活にチャレンジすることです。
二つ目が結婚願望です。二つの願望が僕には捨て切れません。
そのためには、お金を貯めて、節約して、我慢することです。一日も早く、確実にグループホームから脱皮することです。
ゆくゆくは、単身生活では、生活支援ワーカーに相談しながらではありますが、僕なりの生活をやってみたいと思っています。
そして、結婚生活をしてみたいと思います。
単身生活は、備品をすべて僕自身でそろえなくてはなりません。
アドバイスをもらいながらがんばりたいと思います。
④団体の力で、地域社会に訴えていきたい
僕は、昭和59年4月にコロニー雲仙に入所し、昭和62年に施設を修了して、長崎能力開発センター第一期生として入校しました。
施設入所中は、つらくてきついことがたくさんありました。
入所中、嫌で職員に言いたかったことがあります。
言いたいことは、部屋に入る時はノックをしてください。
中にはノックをしないで入ってくる職員もおり、非常識と思いました。
ただその時は言えませんでした。
その他にも言えないことがたくさんありました。
ふれあい協会は皆の力で団体の声で訴えていきたいと思います。
だから、今は言えるようになりました。
これからも団体として自信と勇気を持っていることを大切にして感謝しながら頑張っていこうと思います。
これで僕の発表を終わります。ありがとうございました。
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