おはようございます。僕は、菓秀苑森長に勤める辻弘志と言います。
今日は、よろしくお願いします。
1.生まれてよかった ―私のおいたち
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ぼくの実家は北松浦郡宇久町郷浦です。でもぼくは福岡で生まれたと親から聞いています。
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宇久島で小学校3年のとき、みんなとは仲良くしていましたが、勉強について行けず計算とか漢字が読めないことを陰で言われたことがありました。
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中学2年のときも集団のいじめはありませんでしたが、運動が苦手だったので、出来ないことに対して5~6人の人から文句を言われました。6ヶ月ぐらい心が傷ついたままでした。
中学3年になると、周りもみんなについていけないことを分かってくれました。
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学校の先生もこのままでは僕の就職が無理だと思い、少しでもみんなと同じ思いが出来るようにと、南高来郡瑞穂町にある長崎能力開発センターを勧めてくれました。最初は僕も宇久島のみんなと離れるのはイヤでした。中学校の教頭先生は僕のことを一番分かってくれました。僕が能力開発センターに行こうと決めたのは、教頭先生や担任の先生や両親の言葉でした。
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能力開発センターの試験が12月頃ありました。1ヶ月後に発表があり合格しました。宇久島の中学校では卒業式を迎え、「これがみんなに会える最後の日か」と思い悲しい気持ちになりました。そんな中、同級生の皆がしばらく会えないと思い、送別会を開いてくれました。そのときはとても嬉しかったです。そしていよいよ宇久島を出る日が来ました。港には学校の同級生だけでなく、先生や友人のほとんどが見送りに来てくれました。最後に「弘志、がんばれ」とみんな口々に言ってくれました。
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