
先ほど来からの、体を極限に追い込む関係性の中でより力を発揮するといったことや精神力を高めること、心の強化ということにもつながってくると思いますが、より強烈に強化される場として火事場すなわち、緊急事態に遭遇して、そこで我を忘れて捨身となること。
これは私自身の衝撃的体験でもありますが、2009年の1月13日にサントリー地域文化賞、長崎県民表彰特別賞受賞に対し、お世話になった方々に感謝の気持ちを太鼓で表れそうということで受賞記念コンサートを開催した時のこと。本番のまっ最中、メンバー高倉照一くんが、「ぼくは今月で太鼓をやめます。後輩にあとを託し、ぼくは神社の宮事になります」と突然宣言したのです。頭の中がまっ白になるとはまさにこのこと。
(今もその後遺症が私の頭にのこっていますが…冗談さておき)
がけからつき落とされたような感じでしたが、逆にそこまで追いこまれたからこそ「もう怖いものは何もない。あとは、これも自分達の現実、良いことも悪いことも全てさらけ出して、今の精一杯の姿を見て頂くしかない。それが自分達に今できることだ」と良い意味で開き直れて、気持ちを一つに一致団結し、鬼気迫るほどの記憶に残る場面もお伝えできたかなと思います。御心配は多々おかけしたことも事実ですが。
これはある種、特別な場面ですが、濃短こそあれ、少なくとも年間100回ぐらいは、これに似た緊張感を乗り越えながら、舞台の上で真剣勝負をしています。初めて行くところで、初めての場面、おしつぶされそうな期待感の中で、心臓がとび出そうな思いとも闘いながら、そこから逃げず積極的に活動しています。
それもこれも好きだから、ここで乗り越えれば拍手がもらえる。そして、やりおえた達成感が味わえる。そして、一生懸命僕達を思い、かけずりまわってくれた人の思いに応えることができる。それがあるから、頑張れると思うのです。
ともすれば、“そんなことできっこない”“そんなことに手を出したら大変そうだから、やめとこう”。私達は“頭”で考えるとついつい、そんな見えない囲いを自分の周りにはりめぐらせてしまいます。
でも、彼らにはバリアがありません。思いのためにがんばれます。たとえば、「長野でお世話になっている長野のお父さん、川崎理事長のために頑張ろう」その一言で努力した先の川崎理事長の喜ぶ笑顔が彼らには見えるんです。
彼らはこの世に生をうけ、彼らにしかできない、足跡を確実に残しています。それは個性をも越えた新しい力です。この社会も必要としている新しい力を守り育て、広げていきたいと思います。