3.はじめての矯正施設からの受け入れ(事例2)
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つづいて、事例としてBさんの事例を報告します。Bさんは私が実際に受け入れを行なった方です。
合同支援会議を経てのはじめての矯正施設からの受け入れでした。
Bさんは年齢56歳、IQ相当値のCAPAS40、療育手帳なし、罪名は放火による器物破損。刑期1年6か月、入所度数4入、身元引受人がいないため、満期出所での受け入れでした。
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22歳で結婚しましたが、35歳の頃本人の飲酒が原因で離婚。
40代の時故郷に戻るが、兄との関係が悪く、自宅を飛び出し、公園でホームレス生活を送っていました。このように家族との関係が断続された方でした。
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47歳の時、拾った他人の通帳からお金を引き出そうとして執行猶予、公園で拾った通帳で同様の行為をして受刑。50歳の時、お酒代欲しさに他人の財布を盗む。暖をとる為、ゴミに放火。飲酒時にいらいらして車庫に放火等の罪を犯し、4度受刑しました。
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はじめての矯正施設からの受け入れということもあって、何か受け入れにあたっては特別な準備や支援をしなければならないのではと、不安で一杯でした。生活環境を整えることに過度にというほど力を入れて、周到に準備をしました。
非常用のロウソク、チャッカマン、マッチ等の火気類の撤去し、アルコール類は原則禁止。ホームに置いていた料理酒さえも撤去しました。今となっては過度に準備をしてしまったと思いますが、その当時はそれくらい受け入れに対して不安な気持ちで一杯でした。
受け入れまで3回面会を行いました。最初の時は私も「放火」や「刑務所」という言葉で身構えてしまいましたが、実際に顔を合わせると自分の母親と同じ年齢という点に親しみを感じ、人懐っこい性格で2回目すぐから私の名前を覚えていただいたこともあり、受け入れにあたっての不安は大分解消することが出来ました
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Bさんを受け入れ支援をしていく中で、「静かな場所で落ち着いて暮らしたい」という要望をもたれていることがわかりました。このニーズをもとに支援計画を立てて、支援を行っていきました。
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2007年5月にコロニー雲仙へ受け入れました。
導入期は、まち郊外の刺激の少ない静かな環境で一旦受け入れ、行動特性やニーズの把握を行いました。
日中は本人の特性や行動把握を入念に行うために、ベテランの職員がいて、手厚い支援体制を整えることができる、生活介護事業所で受け入れました。私が担当になりマンツーマンでの支援を行いました。夜間の支援では女性のみのホームでの支援を行いました。
受け入れてからは、療育手帳取得のための情報収集とあわせて、成育歴やホームレス生活をしていた時の状況等を把握するために、本人と一緒に現地調査も実施しました。
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導入・アセスメント期のポイントとしては、静かな環境での受け入れと、マンツーマン支援により職員との間に信頼関係を築くことを重視したことです。
日中活動場所までの移動の際に、近くの人家をうかがう様な様子がありましたが、次第にそのような様子はみられなくなってきました。
多くの時間を一緒に過ごす中で、刑務所の中での話や、ホームレスの時に襲われない様に男の格好をした話という色々なお話をしてくれました。また私以外の職員とも良好な関係を築くことができていきました。徐々に他の利用者との会話も増えてきました。
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受け入れから4か月程をかけて、入念にアセスメントを行なってきた結果、その結果を踏まえ、個別支援計画を作成し、実施しました。日中の生活介護事業所では、仲間との共同作業を徐々に増やしていきました。生活の場は、障がいが重い方が暮らす、男女混合のケアホームに移動しました。
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この時期の支援のポイントとなったのは、導入期に見出した「障がいの重い人のお世話をするのがとても好き」というBさんの長所です。そのため、仲間との共同作業を増やしたり、重度の方のホームでの生活に支援方法を切り替えました。Bさんは結婚生活や育児の経験もあるため、慣れた手つきで積極的に食事準備、片付け等を行うことができていました。また、日中の活動では、重度の方の散歩やトイレのお世話等をおこなってくれました。Aさんと同じく、仲間から頼りにされ、ホームでの母親的な存在になり、自信を取り戻していきました。
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この期のまとめとしては、重度の方へのお手伝い等のピアカウンセリングを軸とした生活支援を行い、仲間との共同作業を増やしたり、作業だけではなく、外出等の楽しみの部分への支援を導入し強化していきました。以前から職員との会話は十分にあったのですが、この時期は仲間との関わりの幅が広がり、人との関わりを自分から多く求めていた印象があり、職員との信頼関係も強まっていった時期でした。
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受け入れから約一年が経ち、個別支援計画の見直しと修正を行いました。活動面も生活面も安定してきたこともあり、これまでの事業所内での活動から視野を広げ、地域での生活、活動に移行できないか模索していきました。
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地域での活動の1つとして、事業所外での弁当配達を実施しました。職員と他利用者数名とBさんで、地域の企業や独居老人宅や、グループホーム等に配達を行いました。最初は届け先の人に挨拶をすることができていませんでした。そのため、あいさつやマナーについてはその都度、アドバイスをしたり、練習を積み重ねました本人の努力もあり、あいさつやマナーについての意識が変化してきました。
これまで、人に頼りにされたり、感謝される機会が少なく、どこか自信のない生活ぶりであり、自分の能力を持て余している部分もありました。しかし、本人がリーダーとなって弁当配達を行い、そのことによって地域の人から「ありがとう」と言われる中で、ホームの中で「お母さん」という立場から、もう一歩進んだ社会の中での自分の役割を見つけていったと思います。自信と誇りをもって生活をしている様子が伺えました。
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Bさんを最初受け入れる際は、過剰なまでの準備をしてきました。受け入れ直後のマンツーマン支援も「何かをするのではないか」という心配が大きかったからです。しかし、Bさんにとって一番効果的だったのは、そのような防御策ではなく、安心して生活できる環境を整えて、地域への弁当配達によって自信を回復していったこと。障がいの重い方達へのピアカウンセリングといった通常の福祉サービスこそが、Bさんにとっての有効な支援になっていったと思います。
このような経過を経たことで、Aさんの直接地域の中での受け入れにつながっていきました。
初めてホームに入った時、Bさんが言った「住む場所や食事の心配をしなくていい!」という言葉と、ニコッと笑った笑顔が印象に残っています。その言葉が福祉の支援こそが一番有効という事を何よりも象徴していると思います。
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