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面会記

16日木曜日、田島さんと小宮が、厚子さんと面会しました。 前日、大阪駅近くのホテルに泊まった私たちは、事情を知らない誰かに、面会の先を越されることがないよう、朝8時にホテルを出ました。

大阪拘置所にはタクシーで20分ほどで着きます。 正門脇の受付に厚子さんに面会に来たことを告げると、番号札が渡されました。 一番乗りのつもりで来ましたが、8番と9番でした。 携帯電話を預けて、荷物の中にカメラなどがないことを確認してもらい、 金属探知機のようなゲートをくぐって待合室に行きました。 ここで、住所氏名などの必要事項を用紙に書き込み担当官に渡すと、しばらく待たされます。 ここには差し入れ窓口もあるので、待っているあいだに、 書籍などの差し入れの手続きもできます。 田島さんは「宮城の乱」という本を差し入れました。 面会室で直接渡すことはもちろん出来ませんので。

30分も待った頃に、「8番9番の方12号面会室にどうぞ」と言われ、二人で面会室に入りました。 そこは2畳ほどの部屋ですが、10センチ角の鉄の格子で仕切られていて、 二人とも椅子に座って、厚子さんを待ちました。 しばらくすると、女性の担当官に伴われて厚子さんが入ってきました。 水色のTシャツにベージュのズボンといういでたちです。いつもの髪型です。

「村木さ~ん」と笑いながら立ち上がって、境界越しに両手を挙げると、 厚子さんも両手を挙げて笑いながら、 ハイタッチみたいな感じで手を合わせながらの(触れられませんでしたが)再会になりました。 田島さんは隣で、半ば言葉を失って立ち尽くしていました。 私は田島さんの面会アポに便乗させてもらった立場なので、 時間がなくなってしまうのが気になって、「田島さんどうぞ、どうぞ」と言うのに、 ほとんど言葉を失っていました。

厚子さんは開口一番 「お騒がせしています」「お忙しいのに遠くまで来てくださって」と、 こちらを気遣う言葉をかけてくださいました。 「ううん、ううん。 お会いできてよかった」とこちらも応えました。 この間女性の担当官は、ずっと厚子さんの隣に座って、会話内容を筆記しています。

とにかく 「みんな心配していて、今回の件に怒っていて、みんなが支えているから。 支援の会にも次々と応援する声が集まっているから」と、まずは現状報告しました。 厚子さんも 「大勢の方から手紙をもらって。 中には入省して最初の2年位ご一緒しただけという若い方からの手紙もあって。 『村木さんは関係ないって信じています』というような手紙を下さって。とても嬉しかった」 と言われました。 こちらはとにかく、「みんながついているから大丈夫ですからね。」と繰り返しました。

さらに勇気を持ってもらおうと、 小宮が専門誌に書いた原稿「真実はどこに~郵便割引制度悪用事件~」のゲラを見せて、 あと2週間ぐらいで、世の中に出るからと説明しました。 村木さんも必死で読んでいました。 女性の担当官が身を乗り出して内容を見ていますが、 特に咎められるようなことはありませんでした。 小さい字で読みにくいので(拡大コピーして行ったのですが、やはり読みにくいですね)、 「内容は、村木さんは特別な場所に障害者を囲ってお情けでお金を上げるといったような福祉ではなく、 できるだけ対等な立場で生きていかれるように心を砕いた方だ。 それから若年認知症の人の就労支援で相談したらボランティアで勉強会に参加して、 モデル事業に繋げてくださったこと、本人は全面否認していて、 やはりこの件は客観情勢や動機から見てもおかしいと書いた」と伝えました。

厚子さんはハンカチで涙を拭いていました。

続いて田島さんが、先日お会いした方が厚子さんのことをとても心配していたこと、 「旧労働省の人はみんな怒っているけれども、旧厚生省の人たちはどうなのか」と聞かれたので、 「『厚生省サイドの人たちも上から下までみな怒っている』と 田島さんが言われたらその方も安心していた」という話を伝えました。何度も頷く厚子さん。

小宮が、「差し入れの本、読みました? あの『写真集・千年の樹』とか」と尋ねると、 「ああ、あの本は気分転換に良いので、よく見ています。大きい樹ってすごいよねえ。」 「昨日はナミねえが、クロスワードパズルを持ってきてくれたので、今日はそれを解いていた」とのこと。

田島さんは、厚子さんが拘置所に入ってすぐの頃、 東京から美味しいマスカットを買ってきて差し入れしようと思ったのに、 食べ物は、差し入れ屋で売っているものしかダメと断られたこと、 代わりに、そのとき持っていた、矯正・更生関係の本を差し入れたことを伝えました。 すると厚子さんは、仕事の話でもするかのように、 「あの本は勉強になった」と。つくづく立派な方だと私は思いました。

また、拘置所体験は、究極の入所施設体験だとも。 「私はこれまでせいぜい一日くらいしか、入所施設を体験したことがなかったけれども、 今回、こういう体験をすることになってとても考えさせられた」とのこと。 自ら苦しい体験をして いるときでさえ、弱い立場に置かれた人たちのことを思い、 いつのまにか仕事にそれを生かすことを考えている厚子さん。

早くここから出してあげて、思いっきり仕事をできるようにしてあげたい、 と思わざるを得ませんでした。

「局長をしていたときより、こちらのほうがストレスが少ないので、 本をたくさん読んでいます」とも。 こちらは「これまで働きずくめだったから、特別休暇だと思って、どうかゆっくりして下さい」と応えるしかありません。 でも冷房が無いからとても暑いそうで、それが堪えるとのこと。本当に気の毒です。

日光旅行写真

ご家族の話になったので、 「ご主人からは、『厚子から小宮さんの話はよく聞いています。 特に那須の温泉旅行は楽しかった、夜通し飲んだけれども、また行きたいと言っていた』」、 といわれたことを伝えて、 「どうも私は飲み友達としてしか認識されていないみたい」って言いましたら、厚子さんは笑っていました。

でも、あの時日光の東照宮に行って二人で写った写真を大きく引き伸ばして 職場と自宅の目立つところに置いてあり、 「毎日厚子さんのことを考えている」と話したら、また涙を拭かれました。

こちらは 「諦めちゃえばラクになる、なんて考えは絶対に違うからね」と付け加えると、 「もちろん大丈夫」と頷いていました。

それから第1回の作戦会議の写真、 大きく引き伸ばして弁護士さんに持っていってもらったもの、 「見ました?」って聞きましたら、 「見た見た、超豪華メンバーで、びっくりしちゃった」ですって。 「楽しそうな顔して美味しいもの食べててごめんなさい」と謝りました。

最後に厚子さんに「果物何が好き?」とお聞きすると、 「ここはナイフを使うような果物は差し入れられないので、 ネーブル・オレンジを頂戴しているのだけれども、 あれは美味しい」と言っておられました。

この辺りで話が一区切りついたと感じた担当官が、 ノートを閉じて片づけを始め、こちらにもそれと分かるように立ち上がり、 面会時間は終わりになりました。

「みんなで支えていますからね、大丈夫ですからね、体を壊さないように」と 名残を惜しむ私たちに対して、厚子さんも何度も何度も振り返りながら、 最後に部屋を出て行くときにも、こちらを振り返りながら、視界から消えていきました。

短い時間でしたけれども、厚子さんと時間を共にすることができました。 久しぶりに厚生労働省の廊下でばったり出会った、というような感じで自然にお話したいと思って、 夢中で過ぎた10分でした。(実際はもっと長く時間をくれていたと思います)

皆さんには少しでもリアルに厚子さんの様子を伝え、 厚子さんの今を感じて欲しいと思い、長々と書いてしまいました。雑文をお許しください。

小宮英美 ジャーナリスト(NHKチーフ・プロデューサー、元解説委員)