大阪地裁判決についての意見表明
- 2012年8月3日
- 共生社会を創る愛の基金
- 運営委員会座長 浅野 史郎
- 企画委員会座長 野沢 和弘
大阪市内の男性が姉を殺害したとして殺人罪に問われた裁判員裁判で、大阪地裁は被告に広汎性発達障害の一つであるアスペルガー症候群があったことを指摘し「社会内にこの障害に対応できる受け皿が用意されていない現状では再犯の恐れが強く心配される」「許される限り長期間刑務所に収容・・・することが、社会秩序の維持にも資する。」などとして求刑(懲役16年)を上回る懲役20年を言い渡しました。障害者支援の現状に無理解かつアスペルガー症候群についての認識に重大な誤りがある判決と言わざるを得ません。これでは発達障害者の矯正に結びつかず、家族の責任ばかりが強調され、社会秩序の維持にも悪影響を及ぼすことが心配されます。
発達障害への正しい知識や認識に立つことにより、ただ「危険な障害者を隔離する」のではない、本人、家族、社会の3者にとってより良い結果をもたらすやり方があることを強く訴えます。
○「受け皿」はある
判決は「両親が同居を望んでいないため障害に対応できる受け皿が社会の中にないし、その見込みもない」と述べますが、発達障害者支援センターをはじめ福祉施設や地域の福祉サービス提供事業所の支援を受けて、親から独立して地域で暮らしている発達障害者は大勢います。罪を犯した障害者についても、社会復帰を支援する地域生活定着支援センターが昨年度には全都道府県に設置されました。長崎県では罪を犯した発達障害者・知的障害者を受け入れ社会復帰訓練を行う取組が検察庁や裁判所などからも評価され、刑務所への収容ではなく更生保護施設での処遇を求める求刑・判決が今年になって相次いでいます。これは家族の養育がなくても「受け皿」があることを示しており、このような「受け皿」を各地で拡充する取り組みは近年急速に進んでいます。「見込みもない」というのは誤りです。 まして「16年後」にも「受け皿の見込みがない」と断定して「20年」の刑に処すことに何の根拠があるのでしょうか。
判決は「両親が同居を望んでいない」ことが受け皿の不在の理由としていますが、成人した発達障害者の養育の責任を両親に求めることは古い時代の障害者福祉観です。発達障害に関する正確な知見がなかったころ、親の育て方が発達障害の原因とされ、発達障害者の養育は親の義務とされ、多くの親たちがいわれなき偏見に苦しめられてきました。ストレス過重から精神的変調をきたしたり、家族不和や無理心中などの悲劇も数知れず起きてきました。そうした反省から発達障害に関する正しい認識を社会に広め、発達障害者に対する社会的支援の拡充が図られてきました。今回の判決によって家族や福祉関係者の長年にわたる努力を逆行させる事態が生じることを懸念します。
○内省を深めるには特有のアプローチが必要
判決は「刑務所内で内省を深めさせる必要がある」と述べますが、現在の国内の刑務所はアスペルガー症候群の受刑者の特性に合った矯正プログラムがほとんどありません。発達障害者に反省を促すためには、彼らの特性をよく理解した上で矯正プログラムを実施することが必要であり、長期間刑務所に入れておくことだけでは効果は上がりません。それは発達障害者が反社会的だからでもなく凶悪な性格だからでもありません。受刑することの意味を発達障害者が真に理解し内省を深めるためには、発達障害者の特性に合ったコミュニケーション方法や心理的アプローチが必要なのです。
○反省の表現が不得意
判決は「犯行を犯していながら、未だ充分な反省にいたっていない」と述べますが、アスペルガー症候群のような発達障害者の特徴として、相手の感情や周囲の空気を読み取るのが苦手で、自ら深く反省する気持ちがあってもそれを表現することがうまくできないということが指摘されています。捜査や裁判の過程で発達障害者のふるまいがあたかも「反省していない」ように受け取られ、捜査員や裁判官の心証を悪くして厳罰化される傾向があることは、国内外で多くの研究者や弁護士らが指摘しているところです。
○「塀の中」に閉じ込めることは逆効果
判決は「許される限り長期間、刑務所に収容することが社会秩序の維持に資する」と述べますが、これでは、判決自体が矯正の可能性を否定し「危険な障害者は閉じ込めておけ」と言っていることになります。そこには障害者の人権や共生社会の理念はみじんもなく、ただ隔離の論理だけがまかり通っています。
それだけではなく、障害特性に合った矯正が行われずに長期間刑務所に入っていただけでは、むしろ再犯リスクが高まる恐れすらあります。「社会の秩序の維持」とは逆の結果を招きかねません。本人が真に内省を深め社会の中で生きていくすべを身につけることこそが「社会の秩序の維持」のために最も重要なのです。適切な矯正プログラムを受けることもなく、20年間にわたって社会から隔絶された障害者を生み出すことが、本当に「社会の秩序の維持」につながるのでしょうか?
○共生社会を創る愛の基金
社会の中で最も弱い、生きにくい立場にある「罪に問われた障がい者」を支援するため、「共生社会を創る愛の基金」は、村木厚子氏の「郵便不正事件」に関する国家賠償金を基に活動を開始しました。
障害ゆえに、あるいは、障害に対する無理解ゆえに犯罪に追い込まれることを防ぐ、障害のある人が適正な取り調べを受け、公正な裁判を受けられる、罪を犯した障害者が 社会に復帰し、二度と罪を犯さずにすむそういう社会づくりを目指して、調査研究、各地の草の根活動の支援、地域の中核組織の育成などを行っています。
そうすることで、本人も罪に追い込まれず、家族だけが負担を抱え込むことがなく、また、社会の秩序も保たれると考えるからです。こうした動きは確実に広がっており、また、広げなければなりません。
今回の判決は、社会秩序の維持の観点からやむを得ない選択と考え、求刑を超えて「許される限りの長期刑」としたのかもしれません。しかし、発達障害に対する正しい理解に立てば、本人、家族、社会の3者にとってより良い解決策を求めることは可能です。私たちは今後もこうした「罪に問われた障がい者」の問題を広く社会に訴えていきます。
本件についての連絡先
共生社会を創る愛の基金 事務局
- Tel. 0957-77-3600
- E-mail ainokikin@airinkai.or.jp
- HP http://www.airinkai.or.jp/ainokikin/index.html
今年度助成先が決定し各事業所では、事業が進んでいます。
○「社会福祉法人 紫野の会」では第1回研修会が
11月27日からイベント情報の通り開かれます
次回は2月24日から予定されています。